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2つの「民」-東京、行けた所と行けなかった所

今回東京滞在中に是非行きたかった所が、駒場東大前にある『日本民藝館』とその西館『旧柳宗悦邸』である。
なぜか?・・・理由はないが、本能的に何となく行きたかったのである。
『日本民藝館』 西館『旧柳宗悦邸』


東京に雪が降る”異常な天候”の中鼻をすすりながらも、まだ”肉離れ”になる以前だったので、勇ましく小田急線代々木上原駅から徒歩で向った。

『日本民藝館』は民の日常の中で生み出された物に美を見出し、「民芸」と言う概念を与えた柳宗悦が、自ら収集した品々を公開するために開設した。昭和11年のことだそうだ。東大に隣接しているからだろうか、空襲の被害もなく残っている。

内部は撮影禁止なので写真はないが、3月25日まで「スリップウェアと西洋工芸」という特別展を行っている。”スリップウェア”は化粧土(スリップ)で文様を描き、低温焼成した大変プリミティブな焼物。産業革命以前は、イギリスで家内制手工業的に広く作られていた。

それが大量生産品が普及するに伴い、この名もなき雑器は本国イギリスでも廃れ忘れられていったようだ。その中に美を見出し、日本のみならず逆に本国にも知らしめたのが柳宗悦ら「民藝運動」のメンバー。その膨大なコレクションが、道場のように潔い和の空間にしなやかに収まっている。

日本の陶芸家によるスリップウェアも展示されているが、どこか作為的な印象を受ける。大らかさ、伸びやかさは、18~19世紀のイギリス家庭で日常の用に供されてきた無名の器に敵わない。そこにどんな料理が載っていたのだろうか。そんな風に確かな人の営みが覗けて楽しい。

さて、行けなかった所としては、『汐留ミュージアム』で同じく3月25日まで行われている「今 和次郎 採集講義 展」。行けなかった理由は他ならぬ”肉ばなれ”による半身不随。

今和次郎「考現学」(考古学に対し、”今”を分析する)という分野を創始した民俗学者であり、建築家、画家。その研究は”採集”と言われる、民家や所持品、服装など人の営みに関する細かな観察を通して行われる。展示会ではその事例収集の数々を紹介している模様。

残念ながら展示会へは赴けなかったので、札幌に戻ってから早速、今和次郎著の「日本の民家」を読んで色々に想像してみた。

この本は、「考現学」以前の今の活動の原点である民家調査の結果をまとめたものである。この調査は今が助手を務めた早稲田大学建築学科の教授、佐藤功一柳田國男に呼びかけ大正6年に発起した「白茅会」により始まった。民の生活、風俗調査を民族学者がやり、器としての民家調査を建築家が行うという意欲的なものだったが、翌年、組織の核だった佐藤が病死すると自然解散してしまったようだ。その後一人、北海道から鹿児島までリュックを背負って調査を続けたのが今和次郎だった。

調査対象は全て一般市民の生活の匂いの染み付いた民家、はたまた怪しげな山人足の仮小屋に入り込んで、吊るされた下着の種類やその素材までをスケッチしている。どんな雑多なものも”今、この時”の語り部であると諭される。

この本が書かれたのが大正11年(1922年)、現代に読むと失われた90年前の風景の貴重なデータなのだが、その当時には取るに足らない有り触れた事象を、鋭くまた愛おしむように1つ1つ記録したのには、この時代急激に進む都市化が背景にあるようだ。

柳宗悦と今和次郎は1歳違い。柳が学習院高等科のメンバーと発刊した同人誌「白樺」の拠点を千葉・我孫子に構え、活動を本格化させたのが大正5年前後。今和次郎が「白茅会」の民家採集を始めた頃でもある。そして大正12年(1923年)の東京大震災を経て、各々「民藝運動」、「考現学」を旗揚げしている。

自由主義、個人主義による多様な民の文化が花開いた反面、急激な都市化や大量生産・大量消費化が進んだ、後に大正デモクラシーと呼ばれる激動の時代。その中で自分の眼で普遍的な”真”の価値を見出した両者はやはり凄い。

そしてその”真”を、地方を歩き、土着の生活が生んだ極めて原始的なものの中から拾い上げた点でも共通している。

今和次郎は書いている。「都会は日々変わっていて、今日のものは明日はないのだけれど、田舎では一度植え付けられたものはなかなか消失されることはなくて、その土地の色彩となっていつまでも保存されてのこっている。土地土地には各々風格というものがあるが、それは古い文化の滲みた跡が積みかさねられて遺ることによる。」

また同時に「やがて、これに記されていることも、まるっきりといっていい位見失われてしまう時も来るかも知れない。」とも。

激しい変革の社会にあって、2人はどんな想いで活動していたのだろうか。失われていくものを残したい・・・それよりもっと根源的な人間の欲求というか本能に正直に従って動いていたんじゃないかな。

つちもお付き合いしている農家さん(特に女性)を美しいと思う。その日々の丹念な織物のような生活と、確かにその時そこに息づいていたという証を、1枚でも切り抜いて残せればいいと思っている。

2012.02.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 未分類

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札幌市在住でなぜか「江別」好き。友達は殆ど江別、そして農家・・・

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