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「そらちヘリテージツーリズム」

10月19日(土)、『NPO法人炭鉱の記憶推進事業団』主催の「そらちヘリテージツーリズムモニターツアー」に参加。全く畑違いのつちだが、昨年「そらち×いしかりプロデュース会議」に列席したご縁で、こちらでご一緒した当事業団の前田亜紀事務局次長からお声掛けを頂いた。1つ1つの出会いを大事にすべし。

さてこの日は、これから空知の産業遺産を軸にした教育プログラムを企画・販売していくための、いわばダイジェスト版によるモニターツアー。かなり駆け足で様々な資源を見て回った。参加者は観光関連事業者や大学関係者、海外からの留学生など20名程。

バスで札幌から高速に乗り美唄へと向かう。途中、近年ワイナリーが観光の目玉となっている三笠の達布山を通過。車窓から展望台がちらりと見えた。達布山の頂上には一度登ったことがあるのだが、他に人の姿はなく展望台があるのが不思議な位寂しい印象だった。

実は達布山はその眺めのよさから、明治初めにはすでに公園として整備され、山田顕義、山県有朋、井上毅、板垣退助など数多くの要人も訪れているほど政治的にも重要な山であった。そして現在の「道道月形峰延線」(月形~峰延15㎞)開削のため、この頂上で狼煙をあげて目印にしたそうだ。この道路は樺戸集治監の囚人を明治12年に開坑した幌内炭鉱での採炭に当たらせるためのもので、その開削自体も囚人によって行われたそうだ。その過酷な労働については以前ご紹介した江別在住作家、成田智志氏「監獄ベースボール」にも描かれている。

同じ頃、明治15年、幌内炭鉱の石炭輸送のため、幌内鉄道(幌内~小樽手宮間)が、新橋~横浜、大阪~神戸間に次いで日本で3番目に開通。

前置きが長くなったが、明治期の日本において「そらち」がまさに政治的にも経済的にも要所、そして近代日本の出発点であった。それを前提に今回のツアーは始まるのである。
       「そらちヘリテージツアー」前田亜紀次長と藤原正さん 「そらちヘリテージツアー」吉岡宏高理事長と三菱美唄炭砿立坑櫓


ツアー最初のプログラムは三菱美唄炭鉱跡を、この炭鉱のまちで生まれ育った『NPO法人アルテピアッツァびばい』藤原正氏の案内で歩いた。藤原さんは高校で食品加工を学び、パティシエとして日本のモンブラン発祥の店として知られる自由が丘『モンブラン』で長年働いていたという。廃校になってしまった藤原さんの母校には、当時としては珍しく調理師免許取得のためのコースもあったそうだ。

現在は防錆塗装された炭鉱立坑櫓がただ無口に佇むこの地だが、炭鉱施設がひしめき、立派な鉄道駅もあった。最盛期には周辺に3万人の人口があったそうだ。現在の美唄市人口以上である。

昭和47年に閉山し、現在この常盤台の住人はゼロ。三菱は国有地を借用していたため原状復帰して出て行ったそうだが、人間の仕業や営みなど空しいほど全て消し去られ、紅葉に包まれていた。
       「そらちヘリテージツアー」北海幹線用水路 「そらちヘリテージツアー」高柳広幹さん
続いては炭鉱を離れて、農業遺産「北海幹線用水路」『北海土地改良区』高柳広幹氏に案内して頂いた。

「北海幹線用水路」は昭和4年に完成した日本最長の農業用用水路。赤平市、砂川市、奈井江町、美唄市、三笠市、岩見沢市、南幌町の約2万6千haを潤し、総延長約80㎞。

当別に入植した仙台伊達家が最初に開拓史より割り当てられたのが奈井江であった。本庄陸男作「石狩川」には、伊達邦直(作品中は邦夷)が原野の「ナイエ」を視察し、開拓を断念する場面が描かれている。その不毛の地も今や一大穀倉地帯。北海幹線用水路がそれを可能にした。

工事はツルハシ、スコップ、モッコを使った人力で進められたというが、気圧を利用して川の下に用水路をくぐらせる「逆サイフォン方式」など高度な技術も取り入れ、わずか4年余りの間に完成したというから驚異的。開拓期の人々の勢いと志の高さが伝わる。
       「そらちヘリテージツアー」『やすこの夢茶屋』夢花御膳 「そらちヘリテージツアー」江場矢寿子さん
さてお昼は農家レストラン『やすこの夢茶屋』へ。ずっと行きたいと思っていた場所だけに感激至極。オーナーの江場矢寿子さんは残念ながら現在は農家をやめられたので、名物だった「はざ掛け米」は食べられなくなってしまったのだが、ほぼ全てのメニューを地元産の食材から手作りしている。

本日の「夢花御膳」メインは豆腐のハンバーグ「北のめぐみ愛食レストラン」『特別メニューキャンペーン』で今月いっぱいの期間限定メニューとして出しているもので、いわば最新メニュー。豆腐ハンバーグというと肉に似せて、または肉と混ぜて・・・といったものが想像されるが、これは純粋に豆腐の滑らかさ、柔らかさを生かした新感覚メニューだった。もちろん豆腐も手作り。

そして味噌、味噌ドレッシング、漬け物、煮物に入った凍み豆腐まで全て手作り。お米は岩見沢産のななつぼし。どれも江場さんご本人の人柄そのままの上品で控えめな味わい。美味しかった!江場さんと、そして「北海幹線用水路」に感謝!
       「そらちヘリテージツアー」上遠野敏教授 「そらちヘリテージツアー」奔別アートプロジェクト作品1
さて4つ目のプログラムは旧住友奔別炭鉱の石炭積み出しホッパーを会場にしたアート展示「奔別アートプロジェクト2013」を、主催する札幌市立大学上遠野敏教授の案内で見学。

このプロジェクトのテーマは「アートの力で炭鉱の記憶を掘り起こす」。炭鉱の遺構を現代アートのフィールドとして活用することで遺し、あらたな地域の資源に育てることを目的としている。

実際一昨年、このホッパーを解体する届出が現所有者(㈱ホッコン)から三笠市に提出されたそうだ。廃墟となった施設には不法侵入、不法投棄が相次いだからだ。アート会場では不法投棄された家電などがアートの一部として使われている。市が貴重な産業遺産として保存を要請したためひとまず解体を免れたが、いつまた同じような事態にもなりかねない。
       「そらちヘリテージツアー」奔別アートプロジェクト作品 「そらちヘリテージツアー」ニセアカシア伐採プログラム
アート作品を言葉で表現することは出来ないのでここでは解説しないが、ともかくフィールド全体から漂う何とも言えない空気に背筋が寒くなる。ここに42人のアーティストの21ものアートが共演しているのだ。

奔別でのプログラムはもう1つ用意されていた。アート会場前に広がる林でニセアカシアの木を切り倒すというアクティビティだ。

ニセアカシアは外来種であり、もともとこの地になかった。炭鉱が閉じられ自然が瞬く間に再生したように見えるが、実は生態系は確実に破壊されているのである。罪なき木を切り倒すというやるせない作業は、消すことのできない人間の過去の行為の代償である。
       「そらちヘリテージツアー」齊藤靖則さん 「そらちヘリテージツアー」幌内炭鉱元郵便局
さて早くも日暮れにさしかかりプログラムも終盤である。幌内炭鉱に移動し、元炭鉱マンである齊藤靖則氏の案内で元市街地を巡った。

幌内はこのツアーの主催者『NPO法人炭鉱の記憶推進事業団』の吉岡宏高理事長の出身地でもあり、かつての暮らしぶりについて詳細なお話を聞くことができた。炭坑のまちはともかく福利厚生が充実していて、日焼けサロンもあったとか!

美唄と同様、「かつて〇〇があった」という場所には草むらが広がりバッタが跳ねる。こうも人間の営み、一大産業とは儚いものかと思い知らされる。
       「そらちヘリテージツアー」宝水ワイナリー 「そらちヘリテージツアー」倉内武美社長
さて締めくくりは空知の新たな農業というテーマで、岩見沢市の『宝水ワイナリー』を訪れた。醸造所の前には木製の風車。来年公開予定の映画「ぶどうのなみだ(仮)」のロケがついこの間終わったばかりとのことで、その名残のよう。

空知は今や10ものワイナリーが集まる醸造用ブドウの一大生産地。すでにワイナリーツアーは人気だが、映画の公開後はロケ地ツアーも期待される。まさに空知の新たな1ページである。炭鉱の記憶からワイナリーへ。どんなストーリーが描かれるのか。これからの空知の姿を問う形でツアーは終わった。

実は「そらちヘリテージツーリズム」には副題がついていて、それは「空知を通じて自らのことを考える」というもの。この”重い”課題を背負ってツアーに参加したのだが、正直盛り沢山の内容で頭の整理が追い付かない状態である。今最も実感しているのは、開拓期の北海道民の力強さ。今の自分にそんなパワーがあるだろうか? しかしその可能性があることも先人たちが示してくれた。

そして炭鉱という、社会の発展のために人間が選んだエネルギー政策。その誕生から終焉までを見ることで、今の原発問題や次世代エネルギーの課題を自分なりに考えてみたい。さらには社会の発展と成熟という問題にも。

そして空知の産業遺産を守る活動に触発されて、自分のこれからやるべきことも見直してみたい。「観光」とは「観て、光を当てて、残すこと」だと信じている。今何を残すべきなのか、何に光を当てるべきなのか、小さくとも自分ができることをやるしかない。

2013.10.24 | | Comments(2) | Trackback(0) | 出張報告!

コメント

課題の重さ

今回のレポートを拝読するだけで、重いものがいくつもずしりと胸に溜まるのを感じますが、
実際にツアーに参加され、各所に足を運んでさまざまなものを目にされたつちさんの胸には、さぞや多くの感慨や思案が刻まれたことだろうと存じます。

>罪なき木を切り倒すというやるせない作業は、消すことのできない人間の過去の行為の代償である。

この一文がとても印象に残りました。

2013-10-31 木 01:05:35 | URL | さざぴ #d819E29w [ 編集]

さざぴさま

久しぶりに物事を深く考えました(笑)。

歴史は得意な方ではないのですが、やはり勉強せなあかんな~

後世に生まれてきた者として、また歴史を刻んでいる当事者として、知ること、考えることは義務である・・・とあらためて認識した次第であります。

2013-11-04 月 18:02:21 | URL | つちばく #- [ 編集]

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札幌市在住でなぜか「江別」好き。友達は殆ど江別、そして農家・・・

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